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記事全文を読む→井倉光一「ツッパリなんかやっててもモテねぇしやめよう」/テリー伊藤対談(2)
テリー 暴走族は?
井倉 中学3年生ですね。音楽に夢中になりながら、こっちでは「暴走族、格好いい」と思って、先輩に集会とか連れられて行って。
テリー 中3だと当然バイク持ってないよね。
井倉 でも、我慢できなくて中3の時に小遣いでCB550を買って、それで学校に通ってました。クールスとかに憧れてたから、「やっぱりバイクがないと話にならない」って。
テリー 暴走族が自転車漕ぐわけにいかないもんね。
井倉 そうですね。それで先輩から5000円で買って。もうラリッちゃってるから、シンナーのビン6本5000円で売ってもらいました(笑)。
テリー アハハ、おもしろいなぁ(笑)。で、暴走族はいつまでやったの?
井倉 暴走族は17歳ですね。1978年に道路交通法の改正があって。それまで集団で集まっても取り締まる法律が凶器準備集合罪しかなかったんですけど、「共同危険行為」とかいうのができて。そんなので捕まったらつまんないから。その時、すでにサーファーの時代が半分ぐらい来てたし、「これはツッパリなんかやっててもモテねぇし、やめよう」と。
テリー でもツッパリとサーファーって全然違うよね。
井倉 僕なんかは不良っていってもアメリカカルチャーが好きで、どうしてもビーチボーイズとかが頭の中にあったから。もともとサーフィンも好きだったし。
テリー だから、そのへんが普通の不良とはちょっと違うよね。で、暴走族からサーファーになって。まだバンドはやってないの?
井倉 バンドも中学の時からやってたんですけど。暴走族が忙しくて、バンドもやらなくなり、波乗りを始めて。で、19歳の夏ですよね。新島に行って散々“乱射”して帰ってきたら、弟から「バンド作ったから見にきてよ」って言われて。それが後にデビューする「ムーンドッグス」の原型になるバンドなんですけど。
テリー 新島でエッチしまくって帰ってきたらバンドができてたんだ。
井倉 そうです(笑)。もう10代の時に遊び倒したじゃないですか。ディスコも中学2年生から行ってたし、いろんなことに飽きちゃって。そしたら一番好きだったバンドを弟が作って、それがドゥーワップのコーラスバンドだったんですよ。うちの弟は俺にリードシンガーをやらせようとしてたみたいで。
テリー イクラちゃん、歌うまいからね。
井倉 あと友達にすごい低音が出る奴がいて。お互いソウル音楽が好きだったから、そいつに「弟がバンド作ったんだけど見にいかない?」って言って。そいつも歌が得意だから「お前、この低音パートやって」と。そのバンドが9月ぐらいにできたんですよね。で、翌年の5月に「そのスタジオ主催のアマチュアコンサートがあるから出てみない?」って言われて。
テリー ということは、まだ8カ月だ。
井倉 だから、まだまだヘタクソだし、「嫌だ、恥ずかしい」なんて言ってたんですけど、そのスタジオのおじさんに「君たちおもしろいからどうしても出てよ」って言われて出たら、ビクターからデビューが決まったんです。
テリー スゴいよね。舞い上がらなかった?
井倉 舞い上がって、そんな甘い話はないと思って1回断っちゃったんです。家業の塗装業を継いで、その会社を大きくしていこうと思ってたから。でも、サーフィンをやってる先輩に相談したら、「お前、音楽好きなんだろう? 人のお金でアルバムを作れるなら売れなくても記念でいいじゃん」って言われて、「あ、そうか」「やっぱやります」って。
テリー そうだよね。
井倉 それを担当してくれたのがアン・ルイスさんのプロデューサー。その頃スゴいレコード売れてるじゃないですか。ビクターには桑田(佳祐)さんもいるし。お金が余ってたんでしょうね。それで、その2年後にアルバムを出しました。
ゲスト:井倉光一(いぐら・こういち)1961年、神奈川県生まれ。1984年、「ザ・ムーンドッグス」結成。「イクラちゃん」の愛称で多くのバラエティー番組にも出演。1996年のバンド活動休止以降は、主に自動車関係の仕事に従事。現在もミュージシャンおよび「有限会社ガレージムーンドッグス」の取締役として、1993年よりアメリカンフェスティバル(IKURA'sAMEFES)を企画制作し、富士スピードウェイで開催している。ニューアルバム「Woman」発売中。「イクラLIVE アダルト・サマー・バケーション」が8月11日にリビエラ逗子マリーナオーシャンズ・ディスコ、9月23日に逗子サーファーズで開催される。
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