日本国内のプロ野球に目を転じると、3月27日のペナントレース開幕を目指し、各チームは戦闘モードに突入している。時期尚早ではあるが、アサ芸はいち早く2人の予想賢人に今シーズンを占ってもらった。優勝候補から台風の目まで、大胆な見解が飛び出した。...
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監督の長嶋茂雄はベンチで頭を抱えていた。ぼう然とし、あきれ返っていた。1994年3月5日、ダイエー(現ソフトバンク)対巨人のオープン戦が行われた北九州市民球場には、春の訪れを感じさせる風が吹いていた。4月9日の開幕まであと1カ月少々である。...
記事全文を読む→実は、侍ジャパンには首脳陣にこそアキレス腱があった。23年に井端監督の直々のオファーでコンビを組んできた中日時代の後輩・吉見一起投手コーチ(41)が、本番を目前にして自分のポジションを見失っていると言われている。「宮崎合宿ではダルビッシュ有...
記事全文を読む→二刀流─。野球ファンのみならず大谷が投打に躍動する姿を誰もが見たいだろう。それは大谷本人も承知しているようで、「WBCに投手としても出場できるように、代理人を通じてドジャースと交渉を続けています。球団にしてみれば、2度の右ヒジ手術をしている...
記事全文を読む→前回の優勝メンバーにも劣らない精鋭揃いの“井端ジャパン”。名古屋と大阪の強化試合を経て初陣を迎えるが、チーム合流前から使命感に燃えていたのは、やはりあの男─。連覇のためには投打の「二刀流」が必須条件と、ウルトラCの登板シナリオを...
記事全文を読む→ビッグ・エッグに足を踏み入れた観客はコートを脱いだ。外とは違って、ドーム球場内はまるで初夏を思わせる気温である。1988年4月8日、この年のプロ野球開幕日だ。前夜から東京をはじめ関東地方では雪が降り始め、やがて大雪となった。都心の積雪は9セ...
記事全文を読む→勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし─。かの名将の有名な格言だが、過去2度あった決勝に進出できずの“負け戦“には、いかなる敗因があったのか。連覇に挑む侍ジャパンに向けて反省プレイバック!振り返れば、13年の...
記事全文を読む→チームを一致団結させるためには、リーダーの立ち回りが大事となる。06年の第1回大会でも“世紀の大誤審”に落ち込むナインをイチローが鼓舞するシーンが見られた。「敗戦翌日にみずから仕切って、ロサンゼルスの焼き肉屋で決起集会を開きまし...
記事全文を読む→先のスポーツ紙デスクが語る。「マスコミの扱いが松井の“2番手”に追いやられていたことがイチローには許せなかったのでしょう。01年のMLB移籍1年目から打率3割5分のハイアベレージを残し、04年に262本の最多安打記録を樹立するな...
記事全文を読む→いよいよ宮崎合宿がスタートしたWBC侍ジャパン! 前回大会の劇的優勝の記憶も鮮やかに、日本国民の連覇への期待は高まるばかりだ。17年ぶりの偉業に向けて、チームの支柱たる2人のスーパースターを重ね合わせて戦況を読み解いていく─。17年ぶりの連...
記事全文を読む→甲子園の大歓声は止まない。阪神・小林繁の目に光るものがあった。1979年4月10日、阪神対巨人1回戦。小林は移籍初勝利を、昨年まで在籍していた巨人から挙げた。「勝ってよかった。とにかく、今日のゲームは勝ちたかった」巨 0 0 0 1 1 1...
記事全文を読む→極寒なチーム事情は、ほかならぬ指揮官自身も例外ではない。〈8〉阿部監督の求心力がさらに急降下「昨年11月に開催された球団の納会ゴルフでは、選手とスタッフともに阿部監督と一緒に回りたがりませんでした。原因は“小言”。昨季、プチブレ...
記事全文を読む→昨季は、ふがいない先発陣をリリーフ陣がカバーしたが、最優秀中継ぎを戴冠したセットアッパーには不吉な兆候が見え隠れする。〈4〉大勢(26)が苦しんだ“WBC後遺症”再び「WBCに向けたハイペース調整に首脳陣はやきもきしています。シ...
記事全文を読む→1991年3月8日の夕刻、ナゴヤ球場内に設けられた記者会見場には、約100人の報道陣が詰めかけていた。主役の落合博満は着席すると、こう切り出した。「代表質問はいいでしょ。ボクが話して終わりです。それでいいでしょ」落合はロッテから中日に移籍し...
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