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「BAN!BAN!」は、意外なところからも人気に火がつくことになる。「当時、改編期の4月と10月に『FNS番組対抗NG大賞』が放送されてて、『BAN!BAN!』は常連でした(笑)。収録で何か起こるとタイムキーパーに『NG(大賞)で使えるから...
記事全文を読む→「BAN!BAN!」にはいくつもの仕掛けがあった。1つはサポート役の料理人。超一流を並べた。「日本和食界のトップの村田吉弘さん、料理本を大ヒットさせた栗原はるみさん、イタリア料理の名店、『アルポルト』の片岡護さん、中華は金萬福さんと周富輝さ...
記事全文を読む→佐々木は自分では料理をしないが、料理番組への抜擢にNOはない。「テレビを作る人間は、自分のやりたいものだけをやれるわけではなくて、得意じゃなかったり、全然知識のないジャンルの番組を担当する時もあります。『視聴者にどう伝えるか』を考えつつ、ど...
記事全文を読む→元祖・雑草魂─。西本聖(6月27日生)はドラフト外で巨西本聖:伝家の宝刀・シュートを武器に巨人、中日、オリックスでプレー。引退後は阪神、ロッテ、オリックス、韓国プロ野球・ハンファでコーチを務めた。現在は日刊スポーツの野球評論家、文化放送の野...
記事全文を読む→コント赤信号のリーダーにして、「関東お笑い界の育ての親」とも呼ばれる渡辺正行(1月24日生)。まずは、かつて自身の風俗ルポが掲載されたアサ芸を見て‥‥。待たせたな!僕のアサ芸初登場は86年の「チョメチョメ探検隊」なる企画。タイトルから察しが...
記事全文を読む→元祖女子アナといえば、元フジテレビアナウンサーで女優の山村美智子(11月5日生)。古希を前に、アサ芸インタビュー初登場だ!アサ芸さんは87年に、私がニュース番組の本番中に大笑いした一件を取り上げてるんですか?通称「ハクション大魔王事件」です...
記事全文を読む→鬼才漫画家・江口寿史(3月29日生)もアサ芸世代の1人。青少年を夢中にさせ、怒涛の時代を生き抜いた。江口13年にも御誌に出させていただいたのは、おぼろげに覚えています。当時は何を話していました?─超過酷なジャンプ連載時代を振り返っていた。江...
記事全文を読む→昭和の女子プロレス史に「元祖ビジュアルクイーン」として名を残したミミ萩原(2月6日生)。天に導かれし半生を振り返る。─アサ芸初登場は74年。アイドル時代だった。ミミ懐かしい〜。日本コロムビアから歌手デビューしたけど、本当はキャニオンレコード...
記事全文を読む→海老が生、あんかけが粘土のよう‥‥従来の料理番組ではあり得ない失敗さえ楽しく見させてしまう伝説の料理バラエティー「郁恵・井森のお料理BAN‼BAN‼」。佐々木は新米ディレクターとして同番組に関わった。榊原郁恵との出会いがTVマンとしての新た...
記事全文を読む→夏場の軽快なサンダル履きから一転、秋の街歩きや紅葉散策に向けて、クローゼットの奥からお気に入りのスニーカーを引っ張り出す機会が増えてきた10月。だが、久しぶりの一足に足を入れて意気揚々と外出した先で、思わぬ大惨事に見舞われることがある。「歩...
記事全文を読む→歓喜の万歳と非情の落選。10月22日、いよいよ球児たちの命運を分けるプロ野球ドラフト会議が行われる。指名する側の思惑と、人生を懸けて吉報を待つ側の願望が交錯する中、その直後の新人記者会見では時として、選手たちの「若気の至り」と「野心」が飛び...
記事全文を読む→1975年12月11日午後、巨人は東京・大手町の読売新聞会議室で日本ハムから交換トレードで移籍してきた張本勲の入団発表を行った。だが、これは第一幕だった。その後、場所を球団事務所に移してオーナーの正力亨が張本に向き合って公開インタビューが始...
記事全文を読む→自宅から野毛に歩いて向かう際、いつもイセザキ・モールを横切ることになる。というか、毎日酒を飲んでいるわけではないので、どちらかというとイセザキ・モールのほうに入り浸っていることが多い。全長1.4kmあるイセザキ・モールは、24時間365日、...
記事全文を読む→JR桜木町駅を降りて地下通路を潜り、地上へ出ると、そこには一大飲み屋街の「野毛」が広がっている。飲食店の数は大小含めると600~700店舗とも言われており、都内から遠征してきた女子3人組が「せんべろ」を合言葉にハシゴしていくようなおしゃれな...
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