9月に入り、スーパーの鮮魚コーナーや赤ちょうちんの店先に「新サンマ」の文字が並び始め、秋の味覚への期待が高まる季節となった。だが近年は地球温暖化や海水温の上昇などにより、記録的な不漁が常態化。かつての庶民の魚はすっかり「高嶺の花」と化しつつ...
記事全文を読む→プロ野球契約更改“怒号と爆笑”の密室舞台裏!(3)「東尾修は1億円プレーヤーになるために…」
こんな理論派もいた。人気漫画「グラゼニ」のモデルとされている近鉄の中継ぎ左腕・清川栄治(54)は、超細密な査定資料を忍ばせて交渉に臨んだ。特に「インヘリテッド率」と呼ばれる、自分の投球で本塁に返した走者の数を前の投手が残した走者の数で割った数値を持ち出し、査定担当者を逆に感心させたものだ。
ヤクルトの館山昌平(34)も07年オフに、祖父が作ってくれた200ページにも及ぶ査定表を持ち込み、300万円の上積みに成功している。
ロッテの諸積兼司(46)は04年オフの更改で、他のBクラス球団で、自分の成績と似通った25選手の年俸一覧表を持ち込んで交渉に臨んだが、こちらは成果ゼロ。
ゴネ得派の象徴は、保留で有名な中日時代の福留孝介(38)だ。「年俸が上がらないから車が買えないじゃないか」は、有名な放言として知られる。
「変わりダネの交渉術では、フロントにクイズ形式で問題を出して給料を上げたロッテの里崎智也(39)でしょう。要求金額と差があった場合に、【1】とりあえず低い年俸から駆け引きをした、【2】他の選手とのバランスを考えた、などと選択型のクイズを出してフロントの本音を引き出し、交渉の糸口にしたんです。そうした駆け引き型としては、西武の東尾修(65)も傑作でした。86年オフ、落合博満(62)に次いで、投手としては初めて1億円プレーヤーになりましたが、その際、球団の提示額は1億円に届かない9900万円でした。東尾は『残りの100万円は自分で出すから、1億円ということにしてくれ』と懇願。結局、球団が100万円アップを認めて1億円プレーヤーが誕生しました」(スポーツ紙デスク)
かと思えば、なぜか1億円到達を「拒否」したプレーヤーもいる。「レジェンド」と言われる名左腕だ。球界OBによれば、
「当時、1億円を超えると税率が変わることもあって、『1億の名誉になんかこだわらない』と球団フロントを驚かせています」
サラリーマンと同じく、プロ野球界でも財布を握っているのは妻、という選手も少なくない。交渉の場に妻がしゃしゃり出てくるケースもあったのだ。「完全試合男」の阪急・今井雄太郎(66)は最多勝(19勝)を獲得した81年オフの契約更改で、手のひらに妻から「指令」された最低ラインの金額を書き込んで臨んだ。当時を知る球界関係者が苦笑する。
「長時間に及ぶ交渉の中で、汗で数字が消えてわからなくなり、しぶしぶサインをしたというオチがつきました」
91年にドラフト1位指名された阪神・萩原誠(42)はほとんど活躍はできなかったが、結婚後の契約更改には妻が同行。球団事務所に駐車した車の中で、作戦参謀として待機し、銭闘へのプレッシャーをかけていたという。
アサ芸チョイス
地上からは想像もつかない深海で、半世紀前に投棄された「核のゴミ」が静かに朽ち果てている――。米メディア「The Week」電子版が、そんな背筋が寒くなるようなニュースを報じた。フランス沿岸から約1000キロ離れた北東大西洋海域の水深約470...
記事全文を読む→東京都港区で8月に行われた「麻布十番納涼まつり」で、屋台の「冷やし蟹ラーメン」を食べた78人が下痢や嘔吐などの症状を訴え、3人が入院した問題で、新たな衝撃事実が判明した。東京都と港区は発症者31人と従業員2人の便からサルモネラ属菌が検出され...
記事全文を読む→アメリカ・アイダホ州の一部地域では、畑の土を外へ持ち出さないよう、厳しい移動制限が敷かれている。農機具も土を完全に落とさなければ、「発生地域」の外へは出せない。そこまでして封じ込めている相手が、肉眼ではまず見えない「線虫」だ。名前は「ジャガ...
記事全文を読む→

