日本プロ野球界において、外国人監督は総勢9名存在する。栄えある第1号は、1972年に中日の監督に就任した、アメリカ国籍を有する故・与那嶺要氏であった。与那嶺氏は1951年に巨人に入団。戦後初の外国人選手でもあった。近年ではロッテのボビー・バ...
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元プロ野球選手、山本昌氏は、1983年にドラフト5位で入団以来、中日ドラゴンズ一筋、50歳にしてマウンドに上がり、通算219勝をあげた。そんな山本氏がFAの権利を有したのは97年シーズンオフのことだった。同年の山本氏は18勝をあげ、3年ぶり...
記事全文を読む→プロ通算219勝の名球会投手山本昌氏。中日ドラゴンズ一筋で活躍し、1983年にドラフト5位で入団するも、初勝利は5年後の88年と遅咲きだった。しかし、2006年にNPB史上最年長となる41歳でのノーヒットノーラン、08年には同じく史上最年長...
記事全文を読む→ともに元プロ野球選手の高橋由伸氏と高橋尚成氏。誕生日は尚成氏が1975年4月2日、由伸氏が同月3日でたったの1日違い。加えて、由伸氏が97年、尚成氏が99年と、同級生にして別の年にドラフト1位指名を巨人から受けるといった縁もある2人。しかし...
記事全文を読む→元プロ野球選手、現在はタレントとして活躍中の新庄剛志氏が、自身のインスタグラムで翌年のトライアウトを受験し、現役復帰を目指すと動画宣言したのは、2019年11月13日のことだった。新庄氏が現役引退したのは2006年シーズン終了後であり、10...
記事全文を読む→4月15日、東京ドームで行われた「巨人-中日戦」は「5対1」で巨人が勝利。この試合、打っては松原聖弥が育成選手として初の初回先頭打者ホームランを放って景気をつけると、横浜から移籍した梶谷隆幸が続けとばかりに4打数4安打をマークした。投げては...
記事全文を読む→中日ドラゴンズ一筋の元プロ野球選手・山本昌氏。代名詞ともされるスクリューボールを武器に、最多勝利3度など数多くのタイトルに輝いた。また、2006年にはNPB史上最年長となる41歳でのノーヒットノーランを記録、08年には同じく史上最年長での2...
記事全文を読む→昨シーズンを限りに中日でユニフォームを脱いだ元プロ野球選手・吉見一起氏。吉見氏は2006年から中日に籍を置き、08年に初の2ケタの10勝を上げると、翌年には16勝で最多勝利のタイトルを獲得。11年にも18勝で2度目の最多勝利に輝き、この年の...
記事全文を読む→8年ぶりにNPB復帰、東北楽天の田中将大が、4月17日に東京ドームで行われた日本ハム戦で初登板した。右脚ふくらはぎのケガから開幕第2戦での登板を回避した田中。マウンドに注目が集まったが、初回に中田翔から先制2ランを浴びると、2回にも石井一成...
記事全文を読む→主に巨人で活躍し、その後MLBに渡った元プロ野球選手、上原浩治氏。1999年、ルーキーイヤーに20勝をあげ、新人賞、沢村賞を獲得。この年、最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率の投手主要4部門のタイトルに輝き、史上10人目、新人として...
記事全文を読む→ご記憶にあるだろうか…?2000年、02年、いずれも巨人が圧倒的実力で日本一に輝いていることを。00年は長嶋茂雄監督のもと、王貞治監督率いるダイエーとの「ON対決」と世間を騒がせた日本シリーズで2連敗からの4連勝で優勝。02年は原辰徳新監督...
記事全文を読む→1996年は、日本プロ野球の巨人にとって奇跡的な年だった。首位を走る広島カープに最大11.5ゲーム差に離されたが、これを大逆転してリーグ優勝。当時の長嶋茂雄監督による「メークドラマ」といった造語も生み出された。この年、2人のルーキーの存在が...
記事全文を読む→プロ野球・横浜DeNAベイスターズが不振に喘いでいる。3月26日の開幕から6連敗を喫し、その後の中日戦でようやく勝ち越しを決めるも、4月9日からまたもや4連敗。3勝11敗と、最下位をひた走っている(4月13日時点。以下成績は同日までのもの)...
記事全文を読む→お笑いタレントのレッド吉田らが司会を務めるYouTubeチャンネル〈こちら野球放送席〉に、最優秀防御率のタイトルに輝くなど、主に巨人で活躍した高橋尚成氏が出演。原辰徳氏が巨人の監督に就任した1年目の2002年の日本シリーズを振り返った。この...
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